ランダマイザーのお話

先日TRPGで遊ぼうと集まったらGMに急用ができて遊ぶこと自体は流れてしまったが、どういう話の流れか紅茶さんとランダマイザについてチャットすることになった*1。僕はあんまり注目してなかったがこのことは実はTwitterなんかでも議論がされているホットトピックらしい(ダイスによってできること - Togetter)。とりあえずここではダイスが時代遅れか否かについて議論されているようだ。

紅茶さんとの議論の中で、僕はあんまりこのことを深く考えていなかったのでその時意見は出せなかったが、ちょっと他の人とは違う観点もあるのでここで紹介しておく。

僕はランダマイザには二つの役割があると思う。考えればもっといっぱいあるかもしれないがとりあえずは。

まず一つめは勝負の大勢が決するのを遅らせることが思いつく。攻撃の結果、防御の結果などが確定していると戦術を立てた時点で勝負の大勢が決してしまうが、勝敗の決まっているレースを観戦するのは苦痛で、勝敗はなるべく最後まで分からないほうがよい。”物語を経験させる方法”が非常に参考になるのでレビュー - ブレーキをかけながらアクセルを踏み込むにその手の効果をまとめているが、ランダマイザーはその中で”戦場の霧”の効果を与えるだろう。

上記したものはわりと皆が納得できると思うが、僕はもう一つのほうに注目したい。それは、今までの状況にマッチしない結果を作りだす役割である。

シノビガミリプレイ”戦”ではわりとカッコ良い佇まいの飯綱先生が、シーンの場所を特定するダイスの目が偏っているせいで女子高生が体育をしているところばっかりに登場して変態扱いされた。また同リプレイで普通に平穏に終わったシーンで相手に抱く感情を決めるダイスがなぜか”狂信”か”殺意”など極端なものをを示してしまうこともあった。

そういったダイスの振る舞いはストーリー至上主義者は敬遠したいのかもしれないが、TRPGの中でも特に面白い、爆笑が起こる瞬間でもある。このへんのことはxenothさんが語っていて参考になる(TRPGはなぜ面白いか - xenothの日記)。ボケとツッコミというのは分かりやすい。

一つめの効果にしろ二つ目の効果にしろダイス抜きで行うことも可能である。例えば一つめであれば相手の行動が読めないぐらい多様で気を抜けばすぐに逆転されるような状況ならダイスなしでも勝敗は見えないし、二つ目に関しては別に誰がボケても良い。田中天がボケて矢野俊策がツッコムとかはFEARのリプレイではお馴染みの風景だろう。

かといって、こうした面白さを職人芸や凝ったルールなし出せるダイスを排除することがTRPGの発展だという意見には違和感がある。むしろこうしたランダム性をうまく取り入れて成功しているのがミストキャッスルだったり、シナリオクラフトなのではないだろうか。