オタクと職人とTRPGと

岡田斗司夫著の”オタクはすでに死んでいる”が話題を呼んでいるようです。僕が見た感じでは大まかには結論は分かるがそれにいたる議論にあまり説得力を感じないという感想が多いようですね。

僕はオタク論!のほうは読んだのですが(感想はこちら)、オタクはすでに死んでいるのほうは読んでいません。記述の説得力などに関する議論はできませんが、なんとなくひっかかることがありますのでちょっとつぶやきを残してみようと思います。いまいち考えがまとまっているわけではないのですが。

オタクと職人 〜消費する娯楽から作成する娯楽へ〜

岡田 斗司夫の主張は以下のようなものだと認識しています。かつて少なくともジャンルごとに話が通じたのに、今は作品ごとに好きや嫌いが細分化され、オタクという言葉で代表される共通の文化圏はなくなってきていると(でもこれって要するにポストモダンってことでしょ?そう思うとあったりまえですね。)。

ところで、その一方ニコニコやなにかで”職人”と呼ばれる人たちが自分達の作品を熱心に発表しています。職人にもいろいろあって僕みたいなへたれ職人からネ申と呼ばれるすごい技術をもった職人もいます。今までこんなにもアマチュアが自分の創作意欲をぶつけた時代はないのではないでしょうか。今は自分の作品を発表するためのコストがほぼ0になっていまして、たくさんの人に自分の作品をみてもらえます。

一人でカヴァーできる守備範囲はせまくなりましたが、その分自分の好きな分野ではもっと深い発言をするようになってきてるんじゃないかなぁと思います。ここで僕は作り手の側にまわることで作品をもっと深い視点でみれるようになるという立場をとっています。必ずしもこれが成立するかどうかは限りませんが、消費するだけでは生産者の意図や意匠を見逃す可能性が高いでしょう。アニメをみても塗り・演出・脚本・構成などに関して、何かを作ろうとしてみたことがある人のほうが深い考察がしやすいはずです。

このあたりの関連記事を書いたこともありましたね。

そこでTRPGですよ。

TRPGとは会話で進行していく形式のRPGなのですが、DIY(Do It Yourself)精神にあふれた遊びですRPGのシナリオを自分で書きますし、自分の操るキャラクターの背景や性格を考えてそれを生かした行動をとらせますし、自分でキャラクターの絵も描きます。もちろんゲームにおけるおもしろい仕掛けの作り方なんかも自分で考えます。

ゲームにしろアニメにしろ小説にしろそういったものを味わうためのリテラシーを身につけるのにうってつけの趣味ですよ。

もちろん絵を描くなら絵描きのコミュニティに属すればいいし、物書きになるなら物書きのコミュニティに属するのが一番だと思います。でも、TRPGなんてやってるとすごい絵描きに出会えたり、ゲームのセンスがいい人に出会えたりと、コンテンツ産業に必要なスキルをもった人と出会えるチャンスがあると思います。そうやっていろんなことから刺激を受けてみるのもいいですよね。

…とまぁ、いつものようにTRPGを宣伝して終わるのでした。