私の奴隷になりなさい サタミシュウ

私の奴隷になりなさい (角川文庫)

私の奴隷になりなさい (角川文庫)

読者の空気を読まずSM小説をレビューw。

まぁ角川から出てることからも分かるように、物語をエロのために作るというよりもエロを使ってある物語を語るようなそんな感じです。このサタミシュウというのは、明かされていませんが、有名ベストセラー作家の別のペンネームのようです。そんなわけでまぁただのエロ小説ってわけではありません。*1どの程度信憑性があるかどうか分かりませんが、著者は重松清説が濃厚なようですね。彼の”ナイフ”は非常に良い小説でしたよ*2


リリーフランキーが本書の帯とあとがきを書いているのですが、この人ちょっとお馬鹿な感じのいいこと言いますね。

SM小説なのに、なぜ爽やかな匂いがするのだろう
リリー・フランキー

彼は、この小説を青春小説と見ています。確かにこの小説には”人の成長”が描かれていますね。その青春の爽やかさがエロ・グロの中に現れるというところは、彼の言うとおり本小説の価値だと思います。本小説を青春小説と見た場合、なかなか面白いですね。ネタバレなんですが、すごい語りたくなってしまいました。ただこれを聞くとけっこう話の面白さが損なわれる可能性があるので青春小説としての本書の構造についてはあとにまわしましょう。

リリー・フランキーは青春小説としての側面に着目しましたけど、僕はこの小説のミステリっぽさに興味を惹かれました。本書は”僕”と香奈の物語なんですが、香奈の行動にどうも怪しさがあります。まぁすぐ推測できると思うので語ってしまうと、香奈には”御主人様”の影が見て取れるわけです。しかし、”僕”は御主人様の情報を直接知ることはできず、香奈の残した情報からしか彼のことを知ることはできません。普通、自分の好きな女性に御主人様がいるような状況というのは、嫉妬を感じてしまうと思うのですが、本書の場合はどうもその主人の人間像への興味が勝ってしまうのが不思議なところです。おもしろいですね。

まとめ

本書は3つの観点から読めます。一つにはもちろんSM小説。全然触れませんでしたがさすがにエロいですよ。そして一風変わった青春小説。これは王道ではないのですが、そこが青春小説としての価値を高めています。そしてミステリ。語りの時系列がなかなか見事で読者の興味をうまくコントロールしています。

非常に面白い小説でしたよ。わりと短いですしオススメです。

青春小説としての構造

ここから先はネタバレで。



青春小説ということで、人の成長を描くわけですが、よくあるのは二つのパターンです。まずは父殺し。これは父親の能力を超えることや、一人で生きることを学ぶわけです。または最初の求愛者の死。居心地の良い空間を作ってくれた求愛者が死に、それを乗り越えることで人が成長するという方向です。

本書は”僕”の成長物語としてみた場合、御主人様があるいみ”父”ですかね。乗り越えるべき存在です。ただ、本書で彼がご主人様を乗り越えられているかどうかは微妙なところ。いっぽう香奈の成長物語としてみると御主人様が最初の求愛者です。最初の求愛者にSMの御主人様をもってくるのは熱いなぁ。これは新しい解釈ですよ。本書ではこの最初の御主人様が死ぬ理由がまた合理的で素晴らしい。そして、ひるがえってまた”僕”の成長物語としてみると、香奈が最初の求愛者になるわけですね。いい構造だ。

物語の最初に成長したあとを示していて、この成長が過去のものになっているところはある意味、青春小説を超えています。青春小説の問題の一つは主人公の成長意欲が強すぎるといつまでも成長を求めてしまい、青春が終わらんのですね。本小説ではうまく青春を終わらせています。奴隷っていう存在がそこまで成長欲求がない存在なのも本書を青春小説としてよいものにしていますね。

リリー・フランキーはよくわかってるなぁ。感心しましたよ。

*1:まぁベストセラー作家がただのエロ小説書いてもいいですがw。

*2:ナイフ 重松清 - ブレーキをかけながらアクセルを踏み込む