TRPGにおける理論と実践

まりおんさんのところで、僕の話題がすこしでてきました。

氷川さんや accelerator さんは理論とノウハウのバランスに気を使っていて、(以下略)
理論と実践 - まりおんのらんだむと〜く+から

なんだかポジティブな評価をいただいて光栄ですが、まぁ僕が理屈っぽい話にも、実用的な話にも食いつくのは単に節操がないからなような気がしますねw。正直なところ、今回こうやって言われるまで理論とノウハウの区別もあまりつけていませんでしたし…。

メタノウハウとしての理論

まりおんさんのところで言われているモデルは、理論の上でノウハウを走らせるようなものなので、理論はメタノウハウみたいなもんでしょう。説明に困ると”メタ”とか抽象的な言葉を使いだすのが僕の悪い癖ですが、要するにノウハウの方向性や成立条件についてまとめたものがここでは理論かなぁと考える次第です。

例えば”GMを中心として他のPLが座ったほうがよい”というノウハウに対して、”このノウハウは全員にGMの声が届きやすいが、PLの顔を一度に見ることができないので、PL全員を相手にしないPCの個別なシーンが多いシナリオおよびシステムで有効である”とかが理論でしょうか。うーむ、これは理論とよぶにはちょっと細かすぎるかも。
世にはPCを個別に相手にしたほうが良いシステム・シナリオとPC全員をパーティとして一度に相手にしたほうがよいシステムシナリオがあり、それらは以下のような基準でわけられる(以下略)から始まるのと理論らしいでしょうか。

ノウハウの方向性や成立条件の集合という意味で理論を使うなら、たしかに僕はノウハウと理論の両輪を気にしてるかもしれませんね。

理論と実践と検証の関係

それに対して、ggincさんのエントリーでは、理論を定義してその理論を生かして遊ぶという形で実践を定義していています。

RPG理論〉とは?
TRPGとはそもそも何であり(〈定義論〉)、どのような要素から構成されており(〈構造論〉)、それらをどう組み合わせてどう遊ぶべきなのか(〈表現技法〉)、そのためにどのような練習と教育が必要なのか(〈訓練方法〉)といった各種の問いに対して提示される、有用な仮説の集合のこと。
TRPGにおいて「理論を論じる」とはどういうことか - God & Golem, Inc.から

この定義論と構造論を基礎理論としてまとめ、それぞれの表現分野(システムデザイン、マスターリング、プレイング)で分けると3つのものをさらに3つずつにわけるので9つカテゴリが生まれます。

私にとってのTRPGの「実践」とは、これら9(+3)つのカテゴリを参照しながら〈システムデザイン〉〈マスターリング〉〈プレイング〉のいずれかを行うことである。 
TRPG理論クロステーブル&再度、馬場秀和氏について - God & Golem, Inc.から

実践って言葉の意味を考えてみると、何かを実践するということは理論とか方法論を実行することですよね。
例えば単に野球をすることを実践するとはいいません。毎日100回バットをふったり、サイン確認を徹底したりすることに実践という言葉を使いますよね。

理論と実践は対立する概念ではなく、理論があって初めて実践することができるわけです。

理論を考えて実践することに対立する概念は、漫然と何も考えずに行うことです。馬場論考で否定されているのは後者の態度であるというのがggincこと高橋さんの主張なのだと思います。

このモデルでのおちいりやすい問題点を指摘したのが、xenothさんです。

よく「論を言う暇があったら遊べ」という話がある。これは別に理論などいらない、という話ではない。

理論を構築するためには、無数の検証、実体験が必要だ、という話だ。
理論の恐ろしさ、あるいはなぜ馬場理論が嫌われるか - xenothの日記

先ほどの理論→実践という流れは、実体験→仮説の構築(理論)→実践→検証の一部分だけを取り出したもので、実体験から仮説を構築していない、および、仮説を立てただけで検証を行わない理論は有効でないということが指摘されています。

カテゴリ論

ここまでは、議論の流れを僕なりにまとめたものです。ここからは僕の考えを書こうかと。

僕がなんでTRPG論のカテゴリわけに興味を持つのかというと、TRPGの記事を分類するときに分かりやすいタグやカテゴリを作れたら便利だと思うからです。ここがしっかりしてないと記事を再利用可能な形で集積することができないんですよね。

ggincさんの分類は、はっきりしていて分かりやすいと思いました。
しかし、僕の考えとは微妙に違うような気がするので細かいですけどツッコミを行おうかと。
定義論と構造論からなるTRPGの基礎理論の部分は3つに分ける必要はないんじゃないかと思いました。システムデザインとマスタリングとプレイングはお互いに関係しているものですし、構造論ではこの3つの関係を別々に取り扱う必要はないんじゃないでしょうか。
うまく言えないんですが、例えば意思決定って言葉は、マスタリングの構造論の中にもプレイングの構造論の中にもでてくることが予想されます。システムデザイン、マスタリング、プレイングを定義論と構造論のレベルでも縦割りしてしまうのは、逆に煩雑なのではないかと。

まぁもうちょっと具体的に要素を書いてみれば、どういう風に分けると分かりやすいのかはっきりするでしょう。

実体験及び検証

実体験→仮説の構築(理論)→実践→検証という流れで検証と実践を繰り返し理論を構築していくことに対しては当然賛成ですね。

ここで気をつけたいのは、一人の人の実体験の範囲はあんまり広くないことです。それなのに自分のプレインググループだけで検証したものが一般にも成り立つと思ってしまうことが良くあるのではないでしょうか。
僕はオンセがメインですので、例もそういうものであげますが、PL発言を表す記号とか、そもそもPL発言がOKなのかとか作法が違うグループで遊ぶときには、今までうまくいっていた方法論が通じないことはよくあるでしょうね。

理論を構築したい人はいろんな場でいろんな人と遊びましょうというのが教訓ということで。
または、一人で理論を検証するのをあきらめて、ネットの感想をいろいろ見ることで、たくさんの人が”実行してみて”それなりにうまくいっているやり方は、信頼度が高いと判断するのもいいかもしれませんね。

また、ここで検証そのものが難しいっていう問題もありますね。おもしろいとかつまらないとかあんまり直接的にはいえないものです。ちょっと不満があったとしても、全体的におもしろければ言うほどのことはないかなぁと思って黙ったりもします。

実体験と検証から、理論が離れがちなのはこういったTRPGの特徴が関係しているのかもしれませんね。

まとめ

理論や実践や検証について、さまざまな人の考えをまとめ、最後に自分の考えを付け足しました。
僕の考えのところは、どーでもいいことか、普通のことしか書いてないように思います。

まとめ記事ってことでひとつ。